大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第一小法廷 昭和51年(あ)671号 決定

主文

本件各上告を棄却する。

理由

(弁護人福地祐一の上告趣意について)

所論のうち、判例違反をいう点は、所論引用の判例(昭和四五年(あ)第二五六三号同四六年一一月一六日第三小法廷判決・刑集二五巻八号九九六頁)は、何らかの程度において相手の侵害が予期されていたとしても、そのことからただちに正当防衛における侵害の急迫性が失われるわけではない旨を判示しているにとどまり、所論のように、侵害が予期されていたという事実は急迫性の有無の判断にあたつて何の意味をももたない旨を判示しているものではないと解されるので、所論は前提を欠き、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

しかしながら、所論にかんがみ職権により判断すると、刑法三六条が正当防衛について侵害の急迫性を要件としているのは、予期された侵害を避けるべき義務を課する趣旨ではないから、当然又はほとんど確実に侵害が予期されたとしても、そのことからただちに侵害の急迫性が失われるわけではないと解するのが相当であり、これと異なる原判断は、その限度において違法というほかはない。しかし、同条が侵害の急迫性を要件としている趣旨から考えて、単に予期された侵害を避けなかつたというにとどまらず、その機会を利用し積極的に相手に対して加害行為をする意思で侵害に臨んだときは、もはや侵害の急迫性の要件を充たさないものと解するのが相当である。そうして、原判決によると、被告人有川は、相手の攻撃を当然に予想しながら、単なる防衛の意図ではなく、積極的攻撃、闘争、加害の意図をもつて臨んだというのであるから、これを前提とする限り、侵害の急迫性の要件を充たさないものというべきであつて、その旨の原判断は、結論において正当である。

その余の所論は、事実誤認、単なる法令違反の主張であつて、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

(被告人讃井嘉樹本人の上告趣意について)

所論は、事実誤認の主張であつて、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

(結論)

よつて、刑訴法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(団藤重光 岸上康夫 藤崎萬里)

弁護人福地祐一の上告趣意〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例